「一応緊急事態宣言は解除したが引き続き外には出るな、ただし聖火ランナー、てめえは走れ」と明らかに情緒不安定なまま、とりあえず東京オリンピックは発進してしまったようである。

その一方で政権与党の幹事長が「オリンピックぶっちゃけ中止まである」と発言してしまい、その翌日「いざとなったら中止という話だ」と釈明している。それは1回にまとめて言えなかったのか。同日に頼んだ便所紙と鼻紙を別々に送ってくるアマゾソのようである。

それ以前にも、オリンピックの責任者が全世界に向けてド差別発言を発信してしまうなど、国民の国や政治に対する不信感は高まる一方である。

もはや「コロナまん延防止」という字面すら下ネタにしか見えない。そもそもなぜ平仮名で書くのだ、こっちだって「蔓延」ぐらいふりがなをつけてくれれば読める。やはり、国民はバカと思われているようでならない。

暗澹(あんたん)たる行政トピックの中輝いた「一太郎禁止令」

そんな国に対する不安と不信、被害妄想が止まらない中、彗星の如く現れた「農林水産省、一太郎やめるってよ」というニュースに心が洗われた人も多いことだろう。

しかもこの一太郎廃止を「働き方改革の一環」として発表したことが、「やっとギャグセンスがIT革命してきた」と国民に好評のようである。これからは、オフィスのファックスを捨てることを「働き方改革」と呼ぶのが流行ると見た。

この「一太郎廃止」というニュースに対するリアクションはというと、中年以上は「一太郎、生きとったんかいワレ」とセグウエイが生産終了したときと全く同じ反応、そして若人は「誰?」の一言である。まず若者には一太郎さんが人名ではないということから説明しなければならないのだ。

「一太郎」とは、日本国産ワープロソフトのことである。おそらく「ワープロとは?」という新たな疑問が生まれてしまっていると思うが、もちろん「ワーキングプロ」つまり「社畜」のことだ。

思ったより上手いことを言えてしまったのでこのまま押し通そうかと一瞬思ったが、「ワープロ」とは「ワードプロセッサー」の略であり、「Word」のような文書作成ソフト的な物と思ってくれればよい。

一太郎が生まれたのは1980年代である。つまりパソコンが一般化し、Microsoftという黒船に乗ったペリーことWordが日本に来る前は、一太郎を使って文書を作っていた人が多かったということである。

ちなみに「一太郎」という名前は販売元のジャストシステムの創業者が家庭教師時代に受け持った教え子「太郎」の名前からつけたそうだ。

その太郎君がワープロソフトに名前を拝借せずにいられないほどパンチの効いた生徒だったのか、というと「後に病死」という想像以上に重い理由があり、「太郎よ、日本一になれ」との思いを込めて「一太郎」と命名したそうだ。

だが私がパソコンを触りだした頃には、既にテキストエディタと言えばWordが主流だったような気がする。

当時高校生だった私はWordを使って村上春樹に影響を受けまくった小説などを書いていたが、その時ネットで知り合ったお姉さんが「私は一太郎で書いているよ」と言っているのを聞いて「大人だな」と思ったのを記憶している。

つまり、私のような昭和生まれでさえ一太郎を使ったことがないのだ。それが未だに農林水産省で普段使いされていたと聞けば、国民の顔が作画・漫☆画太郎になるのも当たり前である。

法案ミス防止ではなかった「Word統一令」の真意

  • 2021年版の一太郎では、スマホ連携や校正機能を強化。学校の先生にもユーザーが多いそうです

当初、農林水産省が一太郎を使うのをやめてWordに統一する理由は「法案のミスをなくすため」と報道されていた。

これに対してはもちろん「自分たちのミスをソフトのせいにするな」というツッコミが上がっていた。確かに「おちこんでいた」が「おちんこでていた」になるのは、ソフトが書きかえたわけではなく「人間がそう打ったから」である。

ただ、これは若干誤報であり、主な理由は一太郎に互換性がなく、民間企業とのやりとりに不便だから、だそうだ。

私も今まで民間企業を数社転々としてきたが、パソコンに一太郎が入っている会社は一つもなかった。つまり、取引先から一太郎データで送られてきたら、開けないのだ。実際は開けないこともないのだが、変換などが手間だし、レイアウトが崩れ、それこそミスなどにつながってしまう。

そもそも、農林水産省に「Wordで送ってもらっていいっすか? 」とは言いづらいものである。よって今まで農林水産省とやりとりしていた企業は、一太郎データをWordに変換するという手間を強いられ、それが不評だったため、今回の「Word統一令」になったのだろう。

逆に、何故今まで農林水産省は一太郎を使い続けていたのかというと「書式をしっかり定めるには日本製の一太郎の方が良い」など、理由がなくはないようだが、「取引先が開けない」を凌駕する「一太郎でないとダメなワケ」は見つからなかった。

結局、使い慣れたツールを手放すことができずにここまできてしまったのではないだろう。

仕事のツールは「自分さえ使えれば大丈夫」とは限らない

新しいツールの方が便利だとわかっていても、「使い方を一から覚えるのが面倒」という理由で古いツールを使い続けてしまうことはよくある。

漫画家業界でいうと「コミックスタジオが生産とサポートを終了したため、クリップスタジオに移行せざるを得ない」のような「ツールの死亡」がない限り、なかなか移行に踏み切れないのだ。

一太郎さんは日本製テキストエディタソフトとしてまだご健在で、アップデートを続けていることが、農林水産省で一太郎を使われ続けた理由の一つではないかと思う。

そして、「省内の一太郎ユーザーがご健在」というのも大きいような気がする。日本のオフィスでファックスが現役なのも、上の方に「メールは使えないし使う気もないが、ファックスなら任せとけ」という頼もしい御仁がいらっしゃるからではないかと思う。ファックスとは違って、一太郎が「遅れているから」というわけではないだろうが、「Wordでいいっすか?」という世代に移り変わっていることは事実だ。

いくら「俺はそろばんの方が早く計算できる」と言っても、上の人間にそれをやられると、下も倣うべきという空気になってしまうことを、特に日本の偉い人は自覚しなければならない。